神と語る人
まるで、
人と会話をするように
自称 “神々”と会話する人がいる。
それを ありがたがる人の心に
用心深くいてください。
真実は
人に強要することでもない。
神は
人に強要することもない。
人との会話のようではないけれど
“神々”と深く繋がって
行動・交流している人たちがいる。
それを自覚していない人は
会話として感知できにくい世界だから
自分で感じていないことにしている。
その方が、ある意味安全だともいえる。
微細で偉大な存在は
感知しやすい粗い存在の
介入を許している。
それは
人にとっても
存在にとっても
尊い学びになる。
ひとつの神でも
様々な次元・世界が同時存在しているので
同じ神のように思えても
人によって繋がる次元・世界が違うから
同じ神とはいえない。
人の数だけ
神も真実もあると
考えてよい。
その人の神・真実を
自分の神・真実だと思わなくてもいい。
自分の神・真実を、もつのもいい。
会話に 囚われないように。
会話以外の感覚に
自分を開くことを
常に
意識していてください。
会話をするなら
さらに気をつけてください。
会話ではない 声に
会話ではない 感覚に
意識的になり
会話のほうを
疑うくらいのほうが
丁度よい。
人の人生は
全て尊いので
どのような人でも
どのような人生でも
裁かないで。
裁く心が表れたら
自分を省みてください。
自分の真実を
人や神に聞いて、教えてもらうことと
自分の真実を
人や神に聞いて、何かに気づくということは
一見同じようでも
基本の姿勢が違います。
存在と 会話をするなら
言の葉に 感謝をしてください。
感謝は、あなたを守り
更に 導きます。
葉の裏を覗かないと、
気がつかないほど
ひっそりと咲く
神の気
慎ましやかで
存在しているだけで
美しい
2コメント
2018.05.08 02:02
2018.04.24 14:49