意識の探求
感じたこと 受けとったことを
言葉にすることが 難しい。
意味が限られてしまうから 難しい。
言葉にすると少し違うようになる。
自分だけなら何となく分かる意味も
人様が読んで分かるようにするために
言葉が多くなる。
だから一つ前の記事も
たぶん伝わらないだろうなと思ったから 言葉を練り直した。
書き出すことで気づきがより鮮明になる。
復習になる。
自分の意識を磨くために書いている。
閉じやすいから
開くために。
一人の意識が開くと
その感覚は自動で伝染するのではないかな。
自分の意識を磨くことにしたら
独自に探求することが面白くなってきた。
だから今は
内側に向かうモードになっていて
昔の自分とは意識が変わってる。
澄んだ意識で
子ども達と接したい。
子ども達の記憶に
残る愛情が少しでも増えるほどに
将来は大丈夫なのではないかと。
自分を愛している大人と接する機会は
大事だとおもうから。
子ども達と接するのが幸せなので
そんな仕事を選んだ。
そして関係の無い分野も追求している。
こんなブログも書いている。
それも自分の意識を澄ませるため。
自分を深く知るため。
自分の才能を活かせる大人になることが
子どもの才能を活かせることに繋がる。
自分を活かすためにまだまだ もがき中で
恥ずかしいけど。
目標は
子どもが癒されるような 大人になること。
ラマナマハルシのように
顔を見ただけで癒されるような
接するだけで癒されるような
言葉も必要がないような
存在になること。
そのまえに自分を癒せているのか?
癒せてから人様を癒したいとか言えよな。
ってかんじで
今は自分の内側の癒しの探求が楽しいので
というかまだ終わってないので
しばらく続けます。
子どもに のびのびと才能を発揮しながら
自由に生きてほしいと願うまえに
自分はどうなんや?
ってかんじで
自分に意識を向けるようになって反省して
自然児を育てる子ども園を辞職した。
自然児を育てる子ども園を友達と立ち上げた時
私は全て薪で料理したオーガニック自然料理の給食を作り
ほぼ一日中 子ども達主動で 野山で活動していた。
反社会精神があった。
心と体が疲労し、ギックリ腰で最後は動けなくなった。
今は いろんなこだわりを捨てて
障がい児専門の施設で働いている。
澄んだ子どもの意識に触れさせてもらえて
私の魂は 幸せを感じて
癒されています。
やっぱり 子どもに癒されています。
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